東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1495号 判決 1958年8月27日
事実
控訴人(一審原告敗訴)は、昭和二十七年六月頃山田晃正の懇請によつて、被控訴人千代栄証券株式会社に対して金十万円を、弁済期一両日後の約束で利息の定めなく貸与したのに、被控訴会社は未だにその支払をしないから、控訴人は被控訴会社に対し、右貸付金十万円とこれに対する完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると主張した。
被控訴会社は答弁として、被控訴会社が控訴人から金十万円を借り受けたことを否認し、右の金十万円は、控訴人がその主張の日頃訴外山田晃正自身に交付、貸与したものである。仮りに、右金員を被控訴会社において借り受けたものであるとしても、被控訴会社の代表取締役であつた野上盛一が、控訴人に対して右の借入金債務を自己個人において免責的に引き受ける旨の約束をしているのであるから、結局被控訴会社に右債務を履行すべき義務はない。
なお、被控訴会社は、本件消費貸借契約の締結についてはもちろんのこと、その他如何なる事項についても山田晃正に代理権を授与したような事実は存しないと主張した。
理由
控訴人は昭和二十七年六月二十五日頃被控訴会社に対し金十万円を貸与した旨主張するので按ずるに、証拠を総合すると、次のような事実を認めることができる。
すなわち、被控訴会社の常勤役員であつた寺井幸夫が昭和二十六年十二月頃、個人で山田晃正を相手に株式取引をした結果、同人に対してかなりの債務を負担するに至つたため、結局被控訴会社が右寺井の債務を引き受けるようになつたことなどから、右山田は昭和二十七年四月頃から次第に被控訴会社の運営に関係するようになり、やがてその代表者のように振舞うようになつた。ところが、たまたま同年六月二十日頃、右山田は、当時被控訴会社名義でしていた株式売買にもとずく清算金が十万円程不足したため、かねてから親交のあつた控訴人を被控訴会社へよびよせて、右事情をうちあけて同月末日までに返済の約で金借方を申し入れたところ、控訴人はこれに応じてその日のうちに金十万円を被控訴会社に持参し、当時右山田の証券取引事務をも担当していた被控訴会社会計係難波孝四郎にこれを交付し、右金員は前記山田の株式売買による清算金に充当された。その後同月末頃、控訴人は被控訴会社に右山田を訪ねて前記十万円を返すよう催促したところ、右山田はその支払の猶予を求めると同時に、その支払を確保する趣旨で、難波に命じて被控訴会社名義の金額十万円の先日付小切手を振り出させ、これを控訴人に手渡した難波は被控訴会社が右小切手を振り出すことは筋違いのように思つたが、当時山田は被控訴会社に連日出勤し、資金難に苦しんでいた被控訴会社の金融の面倒を見るなど事実上被控訴会社を一人で切りまわしていたので、結局山田のいうとおりに従つたものであつた。このように認定することができる。
してみると、被控訴会社との間に右消費貸借が成立したことを前提とする控訴人の請求は、他の争点について判断するまでもなく失当であるとして本件控訴はこれを棄却した。